温泉無常

日本国内には色々な温泉があるので、それらを知る一つのきっかけになれば幸いです

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温泉地に住みたいけど、住みたくないような不思議な気持ちがグルグルする

 

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温泉が好きだと、やはり温泉地に住んで温泉を堪能したい!という気持ちが芽生えがちです。

 

毎日好みの温泉に入って眠る・・そんな日々はきっと心地良いでしょう。

 

中でも大分県の別府温泉郷は色々な温泉がありますから、憧れの地として引っ越しを考えます。

 

でも、考えるほどタイトル通り住みたいけど住みたくないような不思議な気持ちになります。

 

そんな迷える胸中を書き進めようと思います。

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もくじ

 

 温泉地に住む=湯治?

 

随分前の話ですが、温泉を好きになって色々と調べていくうちに湯治について知ることになります。

温泉地に滞在して体の調子を良くするというもので、ある意味神秘的な湯治の魅力にハマったものです。

 

そこで思うのが、温泉地に住むということはずっと湯治をするということなのか?ということです。

でもその答えはあっさりと判明して、ずっと湯治状態ではなく体が湯に慣れてしまうということです。

 

表現として正しいか分かりませんが、抗生物質をずっと飲んでいると効かなくなってくるみたいなことですかね?

温泉地に住む方々の寿命が総じて著しく長いという訳でもないですし、温泉地によっては湯も熱いですから、毎日そのような湯に入ることでリスクも上がってくると思います。

 

単純に温泉地に住む=病気知らずで長寿!とは言えません。もちろんそれぞれが感じる良い部分はたくさんあると思いますが。

 

別府温泉郷は大分県別府市に湧くから良い

 

愛知県民の私からすると、大分県の別府温泉郷に行くのは決して簡単なことではないです。

1時間で大坂に着いて、広島でズムスタをチラ見して、小倉から日豊本線を南下。

そして別府に到着した時のべっぷ~べっぷ~べっぷ~を聞いて感動する。

この移動時間と距離が、結構大切なのかなと思うのです。

 

もし私が別府市に住むとなると、徒歩数分で温泉に入れるかもしれません。

でもあの憧れの別府温泉が当たり前の存在になるのは、幸か不幸か・・という感じがします。

 

簡単に入浴できないからこそ私の中で別府温泉が輝きますし、別府八湯温泉道も進みます。

もしかしたら、別府市に住んだ途端に温泉道もストップしてしまうかもしれません。いつでもできるしという気持ちが生まれてしまうので。

 

別府温泉郷以外でも同じ事が言えますし、やはり何かを成し遂げる、手に入れることは同時に虚しさを生んでしまうのかもしれませんねぇ。

 

共同浴場通いもどうなることやら

 

共同浴場のある温泉地では、その共同浴場に頻繁に通うことになりそうです。

所謂地元住民専用共同浴場なんてものにも、入浴できちゃったりします。

 

でも共同浴場での地元住民の会話を聞いていると、決してポジティブな内容だけではありません。

あそこの人がうんたらかんたら~・・

あそこの人もうんたらかんたら~・・

という人間らしい会話もある訳です。

 

本当かどうかは分かりませんが、一時期から注目され出した田舎への移住も、受け入れてもらえずひどい状況になっている家庭もあるようです。

 

それと同じような感じで、共同浴場で挨拶をしても返してもらえなかったり嫌がらせを受けたりすると、まさに地獄。想像と現実の違いに驚いてしまいます。

 

第一印象だとか、敵を作らないような振る舞いが大切になるのでしょう。

 

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おわりに

 

例えば埼玉とか神奈川に引っ越す場合は、私の周囲の状況を見ていても良かれ悪かれ濃密な人間関係は形成されにくいようです。

でも温泉地、特に共同浴場があるような温泉地に引っ越す場合は多かれ少なかれ付き合いが発生します。

 

場合によっては会話だけでなく、その地域の集まりや飲み会なども催されるのかな?よく分かりませんが。

 

よって、恐らく他者と密接に関わり合いながら生活することになりそうですが、気遣いばかりではストレスが溜まってしまいそう。

 

 

温泉地は日本人にとって馴染み深い場所ですが、引っ越し先となると特殊な印象もあるので、なかなか一筋縄ではいきません。

 

 田舎暮らし、温泉地移住・・そんなことを考える時間もたまには良いかも。